杜の中の閑話室

神社を求め、ただ一人。山へ海へ里を歩く紀行譚!

岐阜ひとり旅vol.1 高山市「水無神社」

背中に大きなリュックを背負い、慌ただしく職場の扉を開けて出て行く。リュックの中身は二日分ほどの着替えがほとんどで、アメニティポーチに自撮り三脚棒、携帯電話の充電器に旅のノート。それに少しばかりの食品を押し込んで、極め付けは2冊の御朱印帳である。

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名古屋にて「特急ワイドビューひだ」に乗車

少し急いでいたのは訳あって、名古屋までは列車に本数があるので難はないが、そこから先の奥地高山までは特急の本数も限られている。仕事終わりの埼玉から高山までは、一本違えば大幅に予定が狂ってしまう。ホテルの予約もしてあるから、尚更予定通り着かねばならぬ。したがって、名古屋から高山まで特急ワイドビューひだ19号に乗るまではヒヤヒヤした。

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高山駅へ到着 観光都市らしいおしゃれな駅舎

23時を迎える頃、観光都市と言えど人は居らず、駅前ですら暗闇が広がっていた。駅前のホテルで一夜を明かし、飛騨一宮水無神社を目指し自転車を漕いだ。駅前の酒屋で自転車を借り、神社まで7.5キロ。ある程度道路状況を調べていたから、難なく辿り着くことができた。それにしてもこの山地でアップダウンがほとんどないのはやはり盆地である。

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水無神社社頭

水無神社」は宮盆地の東側、老杉を主とした森に囲まれて鎮座している。

水無しと書いて「みなし」と読むのは難しくないが、近くに宮川が流れているにもかかわらず水が無いとはどういう意味か興味深い。なんでも宮川の川床が伏流、即ちある場所だけ地下を流れ地上から水流が消えてしまう区間があったらしく、それゆえ水無川(みなしがわ)、水無瀬(みなせ)川、鬼川原(覆ヶ川原)といった地名が生まれたようだ。ちなみに、単に「みずなし」とか「すいむ」と読むこともある。

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社殿遠景及び絵馬殿(旧拝殿)

さて、もし神社ツウならば、社殿の前のだだっ広い空間に違和感を感じるかも知れない。

時折車祓いの車両か、神門の近くまで乗り入れる車も見かける。実はこの場所、昭和29(1954)年まで拝殿があって、現在鳥居を潜ってすぐ左手にある古びた絵馬殿がその旧拝殿としての役割を担っていた。その拝殿を移築したからというのもあるだろうが、最近知ったところでは、境内の拡張工事によってより広い空間が生まれたようである。4月には平安絵巻さながらの衣装で神前奉仕が行われる生雛(いきびな)祭や、初詣の参拝者数が10万人であることを踏まえると、自由空間は広い方が良いだろうとも思うが、個々人どう感じるだろうか。少し木を切りすぎたのではないかという目で境内を見てしまうのは、私が環境デザインや自然環境に興味関心があるからなのかも知れない。

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飛騨一ノ宮駅

宮川を渡ると最寄りの飛騨一宮駅がある。1時間に何本の電車が発着するか。川沿いの国道は車がビュンビュン通っているのに、一本道を逸れれば閑散としている。橋の上から遠く山を望みて、また元来た道へ漕ぎ出した。

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宮川橋上からの眺め