30で故郷を発ち、遠くみちのくを旅した江戸後期の旅人・菅江真澄(すがえますみ)は、76で没するまで一度も故郷に帰ることはなかった。その終焉は現仙北市の角館とも梅沢(田沢湖町)とも言われているが、地誌を書き終えた文政12(1829)年6月か…
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