杜の中の閑話室

20代の若者が気ままに神社めぐり!Yahoo!ブログから引越してきました!

【栃木】世界遺産「日光東照宮」の見どころ

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 【2018年9月15日(土)奉拝】

世界遺産日光の社寺」の一つ「日光東照宮」は、徳川家康公(東照大権現)を祀る江戸初期の霊廟です。元和3(1617)年、2代将軍徳川秀忠公による造営。3代将軍家光公の時代に大造営を行い、現在の絢爛豪華な社殿となりました。

 

55棟の建物の内、8棟が国宝。34棟が国の重要文化財が指定されており、見どころが尽きない素晴らしい神社です。

 

 

===も く じ=======

 

 

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日光東照宮の鎮座地


※JR・東武日光駅から東武バス中禅寺湖方面行きで7分、西参道下車、徒歩10分。

世界遺産めぐり循環バスで13分、表参道下車、徒歩5分。

※JR・東武日光駅から「神橋」まで、徒歩約20分。

 

日光東照宮の見どころ

東照宮に行ってぜひ見て欲しい所、8箇所あります。

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 ⑴江戸建築最大の石鳥居(国指定重要文化財

 ⑵五重塔(国指定重要文化財

 ⑶三神庫(国指定重要文化財

 ⑷三猿の神厩舎(国指定重要文化財

 ⑸日光の象徴、陽明門(国宝)

 ⑹唐門(国宝)

 ⑺東回廊(眠り猫)

 ⑻家康公の墓所奥宮(国指定重要文化財

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 ♦︎境内図♦︎

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7の眠り猫の場所は、多少異なるかも知れません。

 

 

 ⑴江戸建築最大の石鳥居(国指定重要文化財

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重要文化財に指定されている江戸期の石鳥居です。
高さは9メートルあり、近くで見るとより一層大きく感じます。

 

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元和4(1618)年、筑前藩主 黒田長政(くろだながまさ)が奉納したもので、「鶴岡八幡宮」(神奈川県鎌倉市)「八坂神社」(京都府京都市)と合わせ、日本三大石鳥居と呼ばれています。

鳥居の脚に刻されている文字に金の彩色?が施されており、雨で黒々とした脚部も美しく見えました。

 

五重塔(国指定重要文化財

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五重塔は慶安3(1650)年、小浜藩酒井忠勝(さかいただかつ)が寄進したものの、一度焼失し、文政元(1818)年に再建されました。

吹き抜けの内部に耐震用の心柱が吊り下げられており、拝観料300円で心柱の様子を見学できるようです。

 

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高さは約35メートル。
こう見ると、周囲の杉もかなりの高さだと気付かされます。

 

⑶三神庫(国指定重要文化財 

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三神庫(さんじんこ)は、祭事で使う道具を保管する建物です。
表門を潜ってすぐ見える建物で、三神庫は上神庫(かみじんこ)、中神庫(なかじんこ)、下神庫(しもじんこ)の3棟を指します。

(写真は、左が中神庫。右が下神庫になります。)

 

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そして三神庫の中で特に有名なのが、上神庫の象の彫刻です。
下絵を描いた絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)は、本物の像を見ていないので、当然実際の象とは異なります。

 

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実物と異なるといえば、「金刀比羅宮」(香川県仲多度郡琴平町)の「表書院」にある虎の襖絵も想像して描いたとされ、猫のような愛嬌ある虎が見られます。ちなみに、作者は円山応挙(まるやまおうきょ)という人物でした。

 

⑷三猿の神厩舎(国指定重要文化財

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神の使いの神馬(しんめ)を留め置く建物で、神厩舎(しんきゅうしゃ)と呼びます。また、東照宮の有名な三猿の彫刻があり、神馬を守る意味で8面にわたって掛けられています。
この8面に描かれた猿は、人間の一生や人生訓を表しています。

例えば、「見ざる 言わざる 聞かざる」は、「子どもの頃は悪いもの(事)を見ない、言わない、聞かないようにせよ」という意味です。

 

【第一面】子の将来を案じる母     【第二面】母の願い

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母は子の将来を見つめるように手をかざしています。そのかたわらで母を見上げる子。
そして、有名な「見ざる 言わざる 聞かざる」。「子どもの頃は悪いもの(事)を見ない、言わない、聞かないようにせよ」という意味。

【第三面】自我の目覚め        【第四面】大志を抱く青年期 

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親離れのとき。一人で考え事をしているように見えます。
第四面では天を仰ぎ、口をへの字にした青年猿。将来に大きな夢を抱いています。
心なしか、体も立派になったように見えます。

【第五面】人生の岐路に朋友あり    【第六面】恋多き悩む年ごろ

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挫折する猿と励ます猿。苦しくて、悩んでも、友の励ましで乗り越えていけることを伝えています。そして、恋に悩む年ごろ。右で考え込んでいるのは雄猿でしょうか。

 

【第七面】夫婦の人生の門出      【第八面】新たな命を宿す

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結ばれた二匹の新たな船出。青い荒波はこれから先の人生を暗示しているかのよう。雌猿は新たな命を宿し、また第一面へと繰り返されます。

 

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建物は、漆などを施さない簡素な「素木(しらき)」で造られています。

 

⑸日光の象徴、陽明門(国宝)

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日光を象徴する建造物・陽明門(ようめいもん)は、「日が暮れるのも忘れてしまう美しさ」から、別名・「日暮らし門」とも呼ばれています。

 

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彫刻や彩色、飾り金具まで江戸初期の最高技術を駆使した絢爛豪華な門は、徳川家康公に対する厚い想いを感じずにはいられません。

 

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「陽明門」について、詳しくは過去記事をご覧下さい。
horo1332.hatenablog.jp

 

 

⑹唐門(国宝)

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本社(国宝)の前に建つ唐門(からもん)は、かつて上位の幕臣や大名のみが通ることを許されました。

 

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陽明門より小さな建物ですが、彫刻の数は陽明門より多く、611体もあります。

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写真の群像彫刻は、唐門で最も見て頂きたいところ。
古代中国の伝説の帝王・舜帝が臣下に謁見する様子を表現しています。
一説によれば、中央の帝王を家康公に見立てたのでは、とも・・・。

ちなみに、1本のケヤキの木から彫られています。

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柱の昇り龍と下り龍に加え、屋根には獅子に似たツツガと龍が本社を守護しています。「資金を気にせず、優美な東照宮を造れ」との命令通り、抜かりのない彫刻群です。

 

⑺東回廊(眠り猫)

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日光東照宮といえば、三猿と東回廊の眠り猫も忘れてはなりません。
陽の光(日光)を浴びてうたた寝する猫の姿を彫ったもので、左甚五郎(ひだりじんごろう)の作と伝えられています。この作者は大工か彫師とされ、歌舞伎や落語にも登場するものの、実在したかどうかは不明という伝説の人なのだそうです。

 

ちなみに、眠り猫の裏面は2羽の雀の彫刻があります。
猫が雀を捕らえようとせず眠る姿が、安寧の世を表しています。

 

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「眠り猫」は、東照宮奥宮参道へ向かう東回廊にあります。
ただ東回廊を横切る通路は大変狭くなっているので、立ち止まって眠り猫を撮ろうものならすぐ渋滞を起こしてしまいます。周りに注意を払いながら撮影しましょう。

 

横木の間にある装飾は、カエルの脚に似ていることから、「蟇股(かえるまた)」と言います。屋根の荷重を分散させるための部材で、奈良・平安・安土桃山と時代により装飾が異なるため、時代判別を行う材料にもなります。

 

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右が「眠り猫」のある東回廊です。

修学旅行生の一行がガイドの説明を受けています。

 

⑻家康公の墓所奥宮(国指定重要文化財

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207段の石段の先に、家康公の眠る墓所があります。
東照宮建立の元和2(1616)年当時は木造宝塔でしたが、天和3(1683)年に起こった地震により倒壊したため、5代将軍綱吉公による造替により現在の青銅製となりました。

周囲の樹々に包まれるように、奥宮の最も高い位置に鎮座しています。

 

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御朱印 

日光東照宮御朱印は、本社と奥宮の2種類があります。 

 

horo1332.hatenablog.jp

 

 

④明治から大正初期の日光東照宮(絵葉書)

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日光東照宮を参拝して 

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降りしきる雨の中、日光山内の神社めぐりは「東照宮」からスタートしました。
日光の入り口にある「神橋」から山道へ入ると、次第に雨が強くなり、水路から逸脱した雨水は山肌から駆け落ちるようにバシャバシャと音を立てていました。


こんな雨の中だから、さぞ観光客は少ないだろうと踏んでいたのですが、東照宮の入り口へ到着した頃には、次から次へと修学旅行生の集団が現れ、日光が一大観光地であることを実感しました。

 

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そして、念願の東照宮へ!

 

多くの社殿には煌びやかな金箔が施されており、これでもかと言わんばかりの精巧な彫刻に目を奪われました。

建造当時は、現在のような絢爛豪華な霊廟ではなく陽明門も簡素な建物だったことが数少ない資料から分かっています。その後の5代将軍綱吉公の大掛かりな代替に加え、近代の神仏分離令にさほど大きな影響がなかったという歴史からも、世界遺産や国宝指定へ寄与していたと思いますね。

 

他の神社では、仁王門や仏塔といった仏教建築が取り払われたことで、往時の景観を失った所も少なくない中、東照宮では景観を重視する運動が盛んに行われていたようです。

 

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その景観という点でも、素晴らしいの一言です。

特に、本社から奥宮への参道は、大きな一枚岩を使用し、周囲の樹々をなるたけ生かし、景観美を計るよう設計されているのです。

 

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そして、極めつけは奥宮の宝塔です。

八角に組まれた石段の上に宝塔を設置し、その周囲を玉垣で囲っています。
その景観に、私は何とも言えない神聖さを感じました。

 

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私たちが神社へ参拝し何事か神聖さを感じるのは、建造物や石段、玉垣、周囲の森、気象などあらゆる事象が絡み合い、いわゆる「因果の法則」が繰り広げられていると思えてなりません。

 

そして、それら建造物を緻密に計算し、建築した他ならぬ建築士(江戸期には建築士とは言いませんが)の存在も忘れてはならないでしょう。

 

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彼らは、建築する土地に自然との調和を図りつつ、空間をデザインしています。

私は普段書を嗜む人間でして、白(紙面)の空間にどの様に黒(墨)という建築資材(黒い線)を配し、組み立て(漢字を書き)、作品とするかということを日頃考えています。これは、神社の自然との調和と空間美と共通するところがあるのではないか?

 

何にせよ、この気付きは私だけの嬉しい発見でした。