杜の中の閑話室

神社を求め、ただ一人。山へ海へ里を歩く紀行譚!

青森・秋田ひとり旅vol.3 男鹿市「真山神社」

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閲覧注意? 「なまはげ館」における各集落のなまはげたち

年の瀬迫る大晦日男鹿半島の村々になまはげが現れる。

「ウォォォー!」けたたましい声と四股の音。それに凄まじい形相の鬼のような面を着けたなまはげが、「泣ぐ子はいねがー、怠け者はいねがー」と荒々しく氏子の家々を回る。主人

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男鹿駅の駅名プレート

なまはげとの問答や仮装のスタイルなどは各集落によって違いはあるようだが、荒々しい所作と声、それに「泣ぐ子はいねがー」の発声は共通しているようだ。なまはげは子どもの怠惰を戒め、無病息災を祈り、五穀豊穣をもたらし、村に禍が起こらぬよう防いでくれる来訪神である。

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なまはげ館」に集められたなまはげ面の一例

とは言っても、大人が見ても相当な凄みであるから、何も知らぬ子どもが見たら恐怖のどん底に突き落とされること請け合いである。旅に出る前に事前知識として知った私でも、恐ろしさを感じずにはいられない。

そういえば幼き頃、家族旅行の滞在先で見た未確認生命体のヘンな番組を見て恐怖に慄き、ベッドの中ホテルで買ったキーホルダーを手が千切れるほど握り締め、その生命体に連れ去られないよう祈りを捧げたことがあった。そんなたかがテレビでビクビク震え上がるほどだから、実際なまはげと遭遇したら恐怖以上のトラウマだろうと想像する。そして今しがた包み隠さず本音を言えば、ああ私は子どものころなまはげと出会わなくて良かったなと思ってしまうほどであった。

さてそんな恐怖のなまはげだが、民間信仰ゆえにいつどこで発生したのかは諸説あって、ユネスコ無形文化遺産に指定され脚光を浴びる昨今ですら、よく分かっていないのである。私はこの衝撃的な形相が妙に頭から離れず、研究目的ではないにしてもなまはげの地に足を踏み込んでみたくなったのである。

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真山神社 社殿

男鹿半島の真山(しんざん)の山腹にある真山神社は、五社堂とともになまはげゆかりの地として名高い。

 

その真山神社は、五社堂ほど衝撃的な対面ではないにしろ、なまはげゆかりの聖地として感慨深く拝観したものである。何度も言うように既に前日弘前岩木山神社に先ほどの五社堂といい今回私が是が非でも訪問したい神社への目的は達成されているから、最悪このまま帰路に着いたところで後悔はない。だがせっかく来たのだからと、ここで手にするのもやはり御朱印である。御朱印は「確かにこちらを参拝しました」という参拝証であり、当地当社とのご縁を結ぶものでもある。毛筆は書く者の精神状態と筆墨硯紙の状態が現れる非常に高尚な趣味である。そんなこの世で唯一無二な書をわずか300円ぽっちで手にできるのだからこの上なくありがたい。私は授与所に置かれたなまはげの面を横目にありがたく戴くのであった。

 

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真山神社の授与所にあるなまはげ面 実際に触れることができる

閑話休題。最後にどうしても書いておかなければならない恐怖体験があるので備忘録も兼ねて書いておきたい。恐怖体験というのは大袈裟かもしれないが、ある意味この旅で最も印象に残った事柄なのである。

それは漫画喫茶「快活CLUB」で宿泊したある夜の出来事。鍵付防音個室を予約し忘れた私は、一般的な漫画喫茶に見られるブース席に仕方なく入り個室が空くのを待っていた。

無知な人のために書いておくと、漫画喫茶には普通ブース席という簡素な壁で仕切られた空間がある。名称が部屋ではなく席とあるように、店舗の中に仕切られた1畳ほどの空間(席)がいくつもあり、そこで備え付けのPCでネットやゲームをしたり、漫画やドリンクを持ち込んだりできる。ただ最近、業界大手AOKIグループの快活CLUBには完全に個室化したスペースを設けている店舗がある。それがいわゆる「鍵付防音個室」というやつだ。鍵付防音個室は、ブース席とは違いプライバシーが確保されているから、隣のブースのキーボードの音も気にならないし、咳払いやいびき、屁の音だってまったく気にならない。そもそも個室とブース席は店舗内のゲートで明確に仕切られ、個室だってホテルのようにカードキーが採用されている。防犯としても安全だから女性が一人で利用しても安心である。ブース席と個室は、電車でいう自由席とグリーン席のような居心地の良さに違いがあり、それゆえひとり旅で疲れた身体を休ませるにも私はなるたけ個室を利用しているのである。ところが今回、その個室を予約し忘れてしまった。そこで仕方なくブース席で空きが出るのを待っているのである。

店内には人が多く、あろうことか隣の席の奴まで空きができるのを待っていたようだ。これは大層時間が掛かるだろう。そう思った私は個室への移動を諦め、ゆっくりと休息の途に就いた。

思い返せば長い長い旅だった。一体どれほどの距離を歩いたものか。少しは体を労わらねばならぬ。全国の神社を巡拝した数々の場面や道程が目に浮かぶ。いつかしらひとり旅の安息は快活CLUBに預けるようになり、居心地の悪さから寝不足で神社を廻るなんてことも今ではすっかりなくなってしまった。床のマットが体に馴染み、いつの間にか寝てしまうこともしばしばだった。私は今夢の中にいる。

 

その時突然「お客さま!」

 

コンコンッ「お客さま!」

 

いきなり扉が開き、私の寝顔が店員という赤の他人に晒されたのである。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」

 

なんともケッタイな奇声を上げてしまった。岩木山神社の楼門の堅牢さ、五社堂の壮大な景観よりも遥かに衝撃的で驚愕だったのが、熟睡の最中眼前の扉がいきなり開いた正にこの瞬間である。心臓が飛び出るほどという表現が一番平易な形容だろうが、何よりこの0.2秒にも足らぬ一瞬に驚きとともに物凄い恐怖に襲われた。荒れ狂う日本海を前に、入道崎から突き飛ばされた気分だ。

きっとなまはげの存在が潜在意識の中にあって、扉が開いた瞬間、フラッシュバックしたのだろうと思う。

 

「お客さま、個室の空きができたのですがご移動されますか?」

 

「あ、はぁい」

 

私は忘れ物が無いよう荷物を片付け、個室への移動の準備をする。

時計の針は午前0時を過ぎている。入店から5時間も経ち、入店時に空きができたら知らせるよう伝えておいたが、こんなに時間が経っても覚えておいてくれ、わざわざ呼びに来てくれるなんて、なんと素晴らしい接客だろうか。

いやいや、そんなことより何て大きな奇声を上げてしまったのだろう。深夜の店内、響き渡る私の奇声は、きっと皆にクスクス嗤われたに違いない。そしてそんな羞恥心もあるにはあるが、何よりなまはげじゃなくて良かったという安堵感の方が大きかった。

 

明日も早い。私は2度目の安息の途に就くのであった。