杜の中の閑話室

神社を求め、ただ一人。山へ海へ里を歩く紀行譚!

千葉ひとり旅vol.1 長生郡一宮町「玉前神社」

千葉駅東口

2月に沖縄へ行くから散財はできないが、かといって2ヶ月も空くのは辛い。だから合間を縫って、なるたけ近場の一宮へ詣でることにした。私は仕事帰りに埼玉から直行、一路千葉へ向かった。

 

繁華街を通って快活クラブを目指す。
静かな神社とのギャップも良い。

京浜東北線から秋葉原を経由すると、ホームには仕事帰りの帰宅者が何人も列を成している。これがもし通勤中なら憂うつそのものだが、旅の道中とあらば刺激となって案外愉しいものである。それは前泊地の千葉へ着いてもそうだ。街中にある中心駅へ終着するとまるで繁華街の海へダイブしているかのように錯覚する。背の高い商業施設やビルが林立している中の駅舎は想像以上に主張がなく、繁華街は煌々と灯り、懐中電灯なんぞ携行するものは一人たりともいない。仕事帰りに居酒屋へ入る人の心理はどうなのであろうか。私はお酒が飲めないし、旅人だから居酒屋の勧誘を断った。それよりも静かな部屋でひとり美味しいものを興じて、明日の準備に神社のことを調べる方が好きだ。ここは快活クラブ千葉中央店。ある意味この時間を愉しみたいがために旅に行くといっても過言ではない。

 

明くる日、早々に目を覚ましてまた駅に立つ。千葉から麓の上総一ノ宮(かずさいちのみや)へ向かいて、そこから徒歩15分ほどで「玉前神社(たまさき)」の社頭へ着く。境内はあまり広くはないだろうから、授与所の営業開始8時から逆算して7時に着けばまあ十分だろう。そんなこんな計算して5時55分発、上総一ノ宮行きの電車に乗った。

 

玉前神社の最寄駅「上総一ノ宮駅
駅舎は小さく新しいが、駅前は門前町の雰囲気が漂う。

7時前には着いて、初めて一宮町(いちのみやまち)の土を踏む。外はまだ薄暗く、列車の進入を伝えるアナウンスと駅舎の明かりの他は未だ寝静まっている。昨夜の喧騒とは打って変わって、ここいらには田畑があり、そして民家がある。私は分厚いダウンジャケットに袖を通し、鉄道沿線の公園で歯を磨いている。

 

社頭へ向かう道。この通りにはあまり古い建物はのこっていない。
左方に社号標があるが、撤去されたのか付近に鳥居は見当たらない。

玉前神社はあまり大きな神社ではないが、付近をちょっと歩くだけでもこの宮が町の中心なのだと気付かされる。それは「一宮町」や「一宮川」という名称からも窺えるし、駅前の景観一つとっても分かるものだ。古そうな料理店や「日の丸自動車」と書かれた地元のタクシー会社、「一之宮饅頭」と書かれた看板もこれ見よとばかり主張する。神社の側を走る通りには、明治時代に建てられた店蔵など古い建築もあるし、すずらん型の街灯もどこか往時を偲ばせる。この界隈は大層賑やかだったのではないか。そんなことを思いながら神社を目指したら、民家の軒下に「靖国の家」なる琺瑯看板まで見つけてしまった。

 

街歩きで見つけた戦前のホーロー看板「靖国の家」

この看板は出征した兵士が戦没したことを意味し、同じ時期に配られた「誉の家」とも同じ意味合いを持つ。玉前神社の目と鼻の先にあるから、おそらくここで武運長久を祈念して出征したのだろう。果たしてどんな思いでこの地を去って戦地へ向かったのか。戦後80年にもなる今日では、親族とて知るものもそうはいないだろう。それでもなお掲げられていることを思うと、なお一層哀しく映るプレートでもある。

 

修理されているのであまり古さを感じないが、江戸中期にもなる古い建築。
寛政12(1800)年には、今のような銅板葺に改められている。

境内は1時間もあれば散策できる。社殿は黒漆塗りという珍しい彩色で、香取神宮を彷彿とさせるが、香取ほど洗練された印象はない。そしてどこか身近ささえ感じさせるものがある。ただそれよりも神輿を担いで疾走する男衆のイメージが私の中では根強くあって、以前旅程を企てた際には、そんな例祭の舞台となる九十九里浜から朝日を仰いでみようとも思ったほどだ。ちなみにこの例祭と関連はしないが、九十九里浜から引き上げられた錨など、海に近しき当社の印象としてついカメラを構えてしまった。

 

境内の様子。丘陵に鎮座する神社とは知らなかった。

ここまで書いてきたように、私は神社そのものより神社へ向かう道中の方に時間をかけて、神社が目的でありながら意外と滞在時間は短かったりする。玉前神社も正味12時間ぐらいなもので、お目当ての御朱印をもらっては帰路に着くという、実にあっさりとした参拝であった。

 

授与所には一宮専用御朱印帳があるので、当社から一宮めぐりを始めることもできる。

そのようななかで、もし私と同じように御朱印を目当てに参詣する人が居たならば、あえて伝えておきたい事柄がある。それは、当社では「一宮専用の御朱印帳(正確には帳面に社名が記入されたもの)でなければ直書きはしないスタンス」だということ。書き置きでも構わない人なら問題ないが、やはり直書きにこだわるものも少なからずいる。現にそれを知った中年男性が断るシーンを見たし、「やっぱり直接書いてもらった方がご利益がありそうだもんね」と巫女さんに一言付け足していたあたり、分からなくもないが心の中に留めておけば良いものを、ある意味よく言えたものだと感心したもんだ。

少し話は脱線したが、そういう訳で直書きにこだわる人は一宮専用御朱印帳を用意したい。