杜の中の閑話室

神社を求め、ただ一人。山へ海へ里を歩く紀行譚!

熊本ひとり旅vol.1 球磨郡山江村「山田大王神社」

九州はとにかく雨が多く、思い返してみても眼鏡橋で雨に打たれ、国東半島で驟雨に当たり、牧聞と新田は台風でおじゃん。博多の住吉も雨であった。

 

そして今回も、阿蘇熊本空港では横殴りの雨が吹き荒び、禊の雨などと呑気に構えていられる状況ではなかった。そもそも機内のアナウンスでは着陸地変更の可能性まで示唆していたものだから、ちょっとやそっとの雨ではない。私なんぞは変更先の福岡へ着陸するかもという一抹の不安がある中上空を飛んでいる訳で、と次の瞬間雲から抜け出たと思ったらいきなり滑走路。あれよあれよという間に熊本へ着いてしまった。まあ、運はいい方かも知れない。

 

人吉駅まで来た、レトロな汽車弁当が気にかかる

空港についてからは市街へ向かうシャトルバスへ乗り、益城で高速バスへ乗り換えた。もし鉄道で人吉まで行けたならどんなに楽だろうとも考えたが、2年前の豪雨で復旧していないのだからしようがない。鉄道を主とする私にとっては人吉行きはもはや陸の孤島である。ともあれ飛行機、シャトルバス、高速バス、徒歩と繋いでようやく人吉駅までやって来た。この頃になると暗く立ち込めた曇は離れ、隙間から清々しい青空ものぞいている。山手からは綺麗なうぐいすの鳴き声まで聞こえ、東京より3週間ほど季節が進んでいるようである。今や雨を知るのは川の濁り水ぐらいなもの。私はくま川鉄道でレンタサイクルを利用し、山田川沿いを溯上した。

 

何かと問うて、神社と即答できるものはいるだろうか

人吉は山江村なるところに、「山田大王神社」(やまだだいおうじんじゃ)」という一風変わったお宮がある。社号の大王はともかくとして、茅葺き屋根がどこか懐かしさを感じるこの宮は、古めかしい石垣をベースに室町期の本殿に加え、覆屋と拝殿及び神供所(じんくしょ)、鳥居も江戸期建立と古建築がまとまって現存しているのが貴重である。おそらく、100年200年ぐらい前とあまり景観は変わらないだろう。

 

 

鳥居がなければ神社には見えない古民家のような景観は、茅葺のインパクトが強い。私はそんな古民家じみた神社が好きで、ネット界隈や書を片手に縦横無尽に行き来し、この山田大王神社を発見するに至った。

 

境外を眺めるのも乙なもの

当地の古老が言うように、人吉には珍しく茅葺建築がまとまって健在している。中には茅葺へ復古した神社もあるぐらいで、私が人吉入りを断る理由は何一つなかった。その1社目となったのが山田大王神社だったが、小ぶりで地味な印象ながらこういう神社が自分らしいと妙に納得するものがあった。

 

こういう写真を撮るので、防犯のセンサーが作動したのかと冷や汗をかいた

拝殿と神供所が連結した姿は他社では見たことがなく、覆屋の隙間から見える本殿は意外にも大きかった。拝殿と本殿を結ぶ風化した神橋や、本殿前の石の小祠に味わいを感じるのは、私が外なる人間だからなのかもしれない。撮影に夢中になっていたのですぐには気付かなかったが、社殿から聞こえるピッピッという音は火災報知器が故障しているからで、「役場から人が来たがまだ直っていない」というのは近くに住む古老の言。

 

広い駐車場と綺麗なトイレが整備されていて参拝者に優しい

それにしても恐るべし熊本弁。この爺の方言は、私が東北で出会した東北弁よりはるかに聞き取りにくく、およそ8割は理解できなかった。まあ老若男女、人によって発声は異なるから一概には言えないけれど、少なくとも私は神社の由緒よりも熊本弁の方に興味が湧いた。「〜ばってん」と云うのは、「〜だから」という意味なのだろう。駐車場で帰り支度をしている時ニコニコしながら近づいてきて、「こんにちは。熱心に撮りよるばってん…」と声をかけて来たのが事の初めだった。私なら「〜じゃけえ」か「〜やけん」と言うが、「〜ばってん」なんてのはテレビで聞いて知ってはいるものの、現地で生で聞いたのは初めてだったので無性に嬉しくて仕様がなかった。

 

これを出会いというのは大袈裟である。大袈裟ではあるが、こういうちょっとしたことが写真を見る度に思い出され、あの時の刺激や感動が今でも甦ってくる。旅は一期一会のようなもので時に悲しく、時に嬉しく想起する。それが人の一生の如く美しくもあり、また旅の愉しみとして味わい深い。場所こそ違えど、自転車から見る山河や草木の香りは、私の遠い日の記憶と何ら変わらぬものだった。

 

山田川沿いを下り、次なる目的地を目指す。