杜の中の閑話室

神社を求め、ただ一人。山へ海へ里を歩く紀行譚!

島根ひとり旅vol.1 隠岐郡隠岐の島町「水若酢神社」

境港から隠岐の島の西郷へ向かう高速船・レインボージェット

屋内から一歩たりとも出られぬような酷暑の中、私はコンビニのイートインを目指し2キロ以上もの道のりを歩いた。境港周辺には安価で手軽な食事処がなかったからであるが、隠岐の島へ行く前に体力を消耗してまで倹約するとは我ながらようやる、なんて思いながら昼食のひと時を得た。境港から隠岐の島の西郷港までは、高速船で約1時間半。航行中はシートベルト必須なので身動き取れぬも、西ノ島の別府港を経由するフェリーと比べて2時間半も短縮できることを思えば、高速船一択だった。

 

隠岐の島のマップに想い巡らす

さて、ここで隠岐の島とはどんな島か軽く触れておく。

隠岐の島は島根半島の北方40〜80キロ先の日本海に浮かぶ島である。有人島は4つあり、最も大きな島を「島後(どうご)」、その西南にある西ノ島、中ノ島、知夫里島の3島を「島前(どうぜん)」と呼んでいる。約600万年前に火山活動によって誕生した隠岐諸島は、度重なる気候変動や、風や波による侵食などの地球活動によって生まれた景観が素晴らしく、ユネスコから世界ジオパークに認定されている。また、往古には隠岐国という一つの国として存し、中世にかけて後鳥羽上皇後醍醐天皇が流されたことで、島独自に発展した歴史がある。自然と歴史が織りなす日本海の島国、それが隠岐の島なのである。ちなみに韓国が領有権を主張している竹島隠岐の島なので加筆しておく。

 

走る、ひたすら走る

13時23分、高速船レイボージェットは隠岐の島で最も大きな町、西郷へ着岸した。私は双手を上げて脱力する間もなく、レンタサイクルを利用し神社へ向かう。西郷港から車で25分の場所にある「水若酢神社」(みずわかす)は、距離にして13キロほど。車であれば容易い道程も、自転車にとっては少し覚悟が必要な道のりだった。個人的に困惑したのは「五箇トンネル」である。暗い上に歩道が狭く、車の往来もあってヒヤヒヤした。当日は天気にも見放され、凡そ島から湧いたであろう雨雲の下、数分おきの降雨と強雨に頼りなき木陰を何度も往復するという、全身びしょ濡れの憂き目に遭った。こればかりはさすがの私もレンタカーを欲したものだ。

 

水若酢神社 社殿

さて、そういう災難に見舞われても歓迎するという風貌はまるでなく、ただ無常に突っ立っているように不変な鳥居があって、私もまた同調するように神域に入った。雨上がりとあってか、想像より開放的に見える境内で、随神門を潜っても何一つ窮屈に感じることはなかった。ずんぐりとした拝殿の奥には隠岐国独特な隠岐造の本殿が茅を冠って佇んでいる。右手から本殿を望むと、神饌所に凭れた御神燈台が視界に入るので、神坐す本殿ながら神聖さや荘厳さといった雰囲気よりもやや寂れた雑多な印象を受けた。煌びやかな彫刻が無いのもこれに付随するものだろう。ただただ白木がメインで重厚な茅のインパクトが強大であった。

 

隠岐郷土館受付休憩所

神社の側に「隠岐郷土館受付休憩所」という堅牢な建物があり、お土産とともに郷土誌が幾つも置いてあった。私は訪問した神社の由緒書を記念に頂く性分なので、小誌でも良いから何かないかと物色したが、店員に訊いてもそういうものは無く、島唯一の書店である「はっとり」ならあるかも知れないという情報を頂いた。

 

「…ああ、あの書店ですか」

 

来る途中に見た「隠岐病院」や「サンテラス」という大きなショッピングモールの近くに細々とした店構えのあの書店である。私はまたあのトンネルを通るのかと勇気を振り絞って帰路についたのだけれど、需要がないからか店内にそれらしいものは一つもなかった。ただ社務所で一片の由緒のコピーを頂いていたので、これに一応の決着をつけた限りである。

 

旅の拠点となる西郷で宿泊、素泊まり1泊6,000円

安いと口コミのあった「サンテラス」は特に安いと感じることはなく、とは言いつつ贅沢にロースカツ弁当を買って西郷港からほど近い「HOTEL島」でひと時の安息を得た。明日は「玉若酢命神社」へ。そして西ノ島へ渡る。ベッドへ寝転がり、天井を見上げると今日一日の出来事がエンドロールの如く流れていった。

 

少し高いが、非日常の空間で食べるものは何でも美味しい?

ここまで私が企てた10分単位の緻密な旅程は頗る順調だ。

島に行っても私らしい旅である。それが証拠に私の心はこんなにも満たされている。西郷港からレンタサイクルを利用し、雨が降っても支障なく目的の神社へ参拝し、晩食からホテルのチェックインまでも狂いなき。

 

しかし、この旅程は絶対に一寸の狂いも生じないよう計画したものではない。すべては充実した旅を送りたいがためだが、神社は一社につき最低でも1時間、大社なら1日丸ごと堪能できるよう余裕を持って行動している。そして、もしイレギュラーが発生したら後はもう天任せだ。ところが隠岐の島2日目を迎えて、私の旅程を根底からひっくり返される事態が起こってしまった。はて、どうなることやら。