9月に襲来した台風14号は、高千穂の観光地に打撃を与えた。高千穂神社では巨木・秩父杉の枝が折れ、高千穂峡では遊歩道の欄干が流失。天安河原では厳かな空気を醸し出していた鳥居の笠木が流され、今なお痛々しい姿である。
普段テレビを見ない私にとって、斯様な被害があったとはいざ知らず、実情を目の当たりにしてショックを受けた。しかし、わざわざ4連休を企ての宮崎旅ゆえ、そう簡単にずらせるはずもなく、仮に被害を知ってもこの地へ足を運んでいただろう。
さて、高千穂神社へ参拝後、観光案内所でレンタサイクルを利用し、「高千穂峡」と「天岩戸神社」へ向かった。高千穂峡は言わずと知れた宮崎の名所である。私の身内によると、昔から有名な場所で絵葉書にもなっているらしい。
高千穂峡に掛かる御橋(みはし)から谷底までは約20メートルとそれほど高くはないが、橋の欄干が腰ぐらいまでしかないので、もしちゃらけた奴が背後から小突きでもしたらと思うと足が震える。川幅が狭く、木々の茂る橋上からの撮影スポットはピンポイントだ。ここからでは真名井の滝も小さく見えるから、間近で拝むにはやはりボート一択だろう。
高千穂峡では、日本の滝100選に選ばれた「真名井の滝」と柱状節理(ちゅうじょうせつり)の聳り立つ断崖を至近距離で眺められる貸しボートが人気である。断崖の狭間からは光が降りそそぎ、暗い淵はエメラルドグリーンへと変容する。柔な翠、囀る小鳥。水面すれすれから見上げる真名井の滝は迫力もあろう。
因みにこの貸しボート、お盆のシーズンには4時間待ちにもなるらしい。
もちろん、実地調査ともあろうものなら私もボートを借りていただろう。しかし、こういうのは連れで借りるのが常であるし、何より天岩戸や今日中に都城へ行くという目的があったので、余裕があればと立ち寄った高千穂峡では、ボートまでの旅程を組まず、1時間ほどの滞在に留めた。
さて、観光の起点とする「宮崎交通バスセンター」から天岩戸神社までは、約7.5キロ。車なら約10分。観光協会のレンタサイクル(電動アシスト車)利用なら約40分の所にある。標高の高い場所だけに起伏が多いけれど、観光協会では手荷物預かりのサービスがあるし(1個300円)、整備された電動アシスト車だから疲れは然程感じない。街中を抜け、雲海橋を横目に走る。山中の県道であってもほぼすべての区間に歩道が付けられ、車の往来もほどほどだから走りやすい。緑の色合いや空の広さを感じつつ現地入りした。
ここからは、初めて天岩戸へ観光する者のためにも書き留めておきたい。
まず「天岩戸神社」は、西本宮と東本宮の2社存在し、共に天照大神を奉斎する宮である。当宮は神話で有名な天岩戸伝説の舞台とされ、西本宮は天岩戸を御神体とし、東本宮は岩戸から出た後大神の住まいとされた場所に鎮座している。そして、大神が隠れた後、八百万の神が集まって談合したという「天安河原」(あまのやすかわら)はあまりに有名で、高千穂観光で必ず寄るべき場所の一所である。
因みに、御朱印やお守りを頒布する授与所は西本宮にしかなく、御朱印は「両宮共通1体」と「天安河原1体」。見どころは、天安河原と天岩戸である。
仰慕窟(ぎょうぼがいわや)とも称す天安河原は、西本宮より500メートルほど岩戸川の川上にある。間口40メートル、奥行き30メートルもの洞窟の中に小社を建て、この深部からの眺めが実に霊妙だから、観光の写真として採用されている。もしフォトジェニックな写真を撮りたいと思うなら、朝方ここから構えるのが一番だろう。
小石を積み上げた異形の姿も窟へと近づくにつれ増えてきて、段々と霊界へ向かっているようなそんな不思議な気持ちになる。やはり参拝者の少ない朝に参拝するのが良いと思う。
次に天岩戸だが、こちらは神職の案内のもと、西本宮拝殿裏から岩戸川の向こう磨崖にある岩戸を拝むことができる。神職の案内は約15分。朝9時から夕16時半まで、昼どきを除いてほぼ30分おきに実施される。予約は必要なく、また途中参加も可能である。それにしても、1日15回もの案内を神職は代わり代わり、時間も労力も割かれるというに、どうして無料なのだろうか。もし、少しでも感謝の気持ちがあるのなら、幾らか賽銭を納めたいところである。
閑話休題。天安河原の鳥居(笠木)の流失は残念だったが、私は念願の地へ訪問できたことが何より嬉しかった。高千穂峡で掲示されていた台風前後の写真には、「神様が大掃除をした」との文言が添えられている。斯様に何でもプラスに捉えることができれば、台風の被害があった地に偶々訪れた景観でさえも特別な一景のように思えてくる。
大体ここに来れたのだって、お仕事があって、お金を頂いて、心身ともに健康で、且つ行きたいと願うだけでなく、それを実際行動に起こしたのだ。そういう経緯を鑑みると、この地へ訪れたことがありがたく、またあれもこれも奇跡のように思えてきやしないか…。
しかし、残念かな。世の中には人や物に当たったりと口撃を仕掛ける者も少なくない。例えば、こんな一幕があった。
観光案内所のカウンターで「主語述語をはっきり言え」だの、高千穂神社の神楽が20時からと聞くや否や、「じゃあその間私はどうすればいいの!?」と職員に捲し立てる。己の無知を棚に上げ、横柄な態度を取る中年女性にはまったく辟易する。彼らも好き好んでやっている訳では無い。嫌なことや別の仕事もあろうに、わざわざ時間を割いて丁寧に教えてくれているのだ。それが仕事であろうとも、少しも有難いと思わないとは哀れ、残念な人である。たとい不本意であろうとも心は常に平静で、また幸と捉えられるかどうかで、自分と自分を取り巻く環境も変わるだろうが、この女性は中々残念な観光者であった。
日豊本線三俣ー都城間を走る「特急きりしま」が車と衝突し、私も直前まで影響を受けようかというところであったが、幸い予定通り都城入り。宮崎縦断も遂にここまで来てしまった。
駅前南国様の樹は夜風を受けても揺れることなく、実に静かな夜が広がっている。
明日は高原(たかはる)である。